『追悼の意を込めて・・・Nostalgia』
2007年5月27日午後3時10分 ZARDのボーカル坂井泉水さん(本名:蒲池幸子さん)が、脳挫傷で亡くなられました。
享年40歳。突然訪れた、あまりにも早すぎる死に、私は、ただただ、呆然とするばかりです。
振り返れば、私、higuが、初めてZARDの曲と出逢ったのは、今から14年前、中学1年生の運動会で流れた「負けないで」だった。
日々を過ごすことに精一杯で、まったく音楽に興味がなかった僕の心の中にも、永遠の「応援ソング」として刻み込まれた。
そんな私も月日が経ち、高校1年生になると、音楽に興味を持つようになった。
それは、心の不安定な思春期に、何かにすがりたいという思いから、音楽に触れ合うようになったのかもしれない・・・
まるで何かに取り付かれたかのように、ラジカセから流れる曲たちを、必死にカセットテープに溜め込んだこともあった。
そして、そんなカセットテープに閉じ込められた曲たちの中で、巻き戻しては何度も何度も飽きることなく聴いた曲があった。
それらを好きな順にダビングして、120分のテープに収めようとしたが、いつの間にかある一つのアーティストの曲で一杯になってしまっていた。
そのアーティストが、”ZARD”だった。そのとき、初めて好きなアーティストというものを持ったことに気づき、とても嬉しかったことを覚えている。
そして、遅ればせながら、高校1年生になって、人生で初めてCDアルバムというものを買った。
それが、ZARDの「ZARD BLEND 〜SUN &〜STONE〜」だった。
お小遣いが月1000円だった私にとっては、3000円もするアルバムCDは、大変高価なもので、なかなか手の届かないものだった。
苦労してお小遣いを貯めてまでして、初めて買ったこのアルバムCDには、それだけ私を引き寄せる魅力があったのだと思う。
その後も、ZARDの曲を、高校の中間テスト、期末テスト、自動車免許の試験、大学試験と節目節目で聴いて、励まされた。
大学生になり、さまざまな文化が洪水のごとくなだれ込んでくる都会の大学に通うようになり、ZARD以外にもいろんな音楽を聴くようになっていた。
大学院生になると、洋楽一辺倒になり、邦楽は、ほとんど聴くことがなくなっていたが、大好きなZARDの曲だけは聴いていた。
そして、いつ頃だっただろうか、ZARDだけでなく、音楽さえも聴かなかった時期がしばらくあった。
あまりの忙しさに、心のゆとりがなかったのかもしれない。
社会人になり、再び音楽を聴くようになったが、気づいたらそれを境にZARDの曲は聴かなくなっていた・・・。
音楽を心を揺り動かすものとしてではなく、気晴らしに聴くBGMとして、聴くようになっていたからだと今振り返れば思う。
再び、ZARDの曲を聴くようになったのは、去年の残暑厳しい頃だった。
きっかけは、病気だった。
仕事で過度のストレス溜まっていた所為なのか、私の体内に腫瘍ができていたのだ。
腫瘍は、皮膚表面にできた、出来物のようなものだった。
除去するまでは、カルシウムの塊か何かと町医者に言われていた。
いざ除去手術に臨んだが、予定の30分を過ぎても一向に取れない。
予定を大幅に超えて、1時間半でようやく除去手術が終わった。
塊は町医者が思っていた以上にしっかり皮膚についていてなかなか除去できなかった。
これはカルシウムではない可能性もあるということで、除去した塊を精密検査に回すことになった。
精密検査の結果、悪性か良性かの判断が難しい、線維腫ということがわかった。
私はショックのあまり、しばらく家でボーっとしていた。
そんな時、FMラジオから流れてきたのが、ZARDの曲だった。
どの曲かも思い出せないが、ZARDの曲だったことは確かで、気づいたら、家の箪笥に眠っていたZARDのCDを引っ張り出して聴きあさっている自分がいた。
そうしているうちに、自然と心が落ち着き、町医者から紹介された大学病院に通院することになった。
そして、除去したはずの場所が、再び腫れはじめ、今年の4月末、再度腫瘍を除去するために、手術入院することになった。
入院期間は短かったが、初めての入院ということもあり不安があった。
しかし、ここでも入院中聴いていたZARDの曲に助けられて、手術を乗り越えることができた。
摘出された腫瘍は、陰性(良性)との判断が下り、術後の経過も良好。
仕事先でいつも通りの生活に戻った、矢先、坂井泉水さんが慶応病院で亡くなられたことをニュースで知った。
慶応病院。そこはくしくも、先月自分が入院していた場所だった。
まさか、同じ時、同じ場所で過ごしていたとは思いもしなかった。
これもずっとZARDファンだった私の不思議な縁だったのだろうか・・・
人生で数々の困難にぶつかった時、ZARDの曲、そして、坂井泉水さんの声、言葉に何度も助けられたことを感謝しています。
追悼の意を込めて・・・Nostalgia
坂井泉水さんのご冥福を心よりお祈りします。
2007年5月29日
Little Comfort 管理人
higu
きっと皆様も坂井泉水さんへお伝えしたいお言葉や思いがあることでしょう。
このつたないサイトで宜しければ、是非皆様の声を掲載させていただきたいと思いますので、私宛にメールでお送りください。メールはこちらへ
いたずらメールは、不謹慎ですのでご遠慮ください。
『皆さんからのメッセージ』
「心をこめて」
今、こうしていても・・・
泉水さんと出逢ったのは、今から15,16年前だと思います。
結婚を約束していた彼女を、突然交通事故でなくし、何もかもいやになり、虚脱感で体がボロボロになっていたころです。
仕事も辞め、ふらふらと歩いていたとき耳にしたのが、彼女の曲だったんです。
「Good-bye My Loneliness」
そのときは、なにもうけつけない自分でしたが、何故か心の隙間をうめてくれたのです。
でも・・・まだ虚脱感でいっぱいでした。
そして、2年が過ぎたころ
また彼女の曲を耳したんです。
「君がいない」・・・はっとしました
自分はなにを追いかけていたんだろうかと。
現実を直視していないことに、はじめて気づきました。
泉水さんはそのことに気づかせてくれたんです。
それから、彼女の曲を好んで聴くようになったんです。
自分の人生を救ってくれたといっても過言ではありません。
そしてこの訃報を聞いたとき、何も考えられなくて。
ただただ、以前と同じような涙がとめどなくあふれてショックでした。
「きっと忘れない また冬が来ても
思い出 抱きしめていたいから
空の彼方へと悲しみ吹き飛ばせ
信じたい 信じてる
あなたが変わらぬように」
今はつらく悲しいけれど、きっと立ち直れます。
彼女に教えてもらったから。
泉水さん・・・さようなら、ありがとう。またね
2007年6月15日 14:02
kouji
「ZARDの坂井泉水さんへ」
私が産まれて初めて聴いた曲がZARDの曲だったそうです。
以来私は童謡よりもZARDの曲が好きでした。
今も大好きですが、一時忘れていた時がありました。
そんな時、ラジオを聞いていると、「揺れる想い」が流れていました。
そこから私は再びCDに聞き入り、ZARDが生活の一部になっていました。
亡くなったという知らせを聞き、どれだけ悲しんだことか…。
このままだとどこまで書くのか分からないので、そろそろ終わりにします。
心より、坂井さんのご冥福をお祈り申し上げます。泉水さん、ありがとう!
2007年6月9日 19:04
お名前不明
「坂井泉水さんありがとう。」
昨日、ビーイング事務所の献花台へ行って来ました。
…本当に彼女は死んでしまったのですね。
訃報を知った時、脳ミソに数百ボルトの電気ショックをうけた様な感覚と『うそっ!?』と叫んでしまいました。
最近はあまりZARDのCDを聞いていませんでしたが、無性に聴きたくなり、あちこち漁るとZARD関連の物が沢山出て来て、
「ZARDが好きなんだなぁ…」と再認識してしまいました。
特に1999 年に発売された同一のベスト版が3枚も…
そのベスト版には数百名限定のライブの応募券が入っていて、どうしても参加したくて買った記憶が甦りました。(もちろん全滅しましたが)
初めて買ったZARDのCDはアルバム『揺れる想い』で、それ以前に『織田哲郎「いつまでもかわらぬ愛を」』にはまっていて、
特に彼が作曲した「負けないで」や「揺れる想い」等…に知らず知らずの内にどっぷりと浸かっていました。
社会人になってからはZARDのCDを集中的に買い漁り、他には『DEEN/瞳そらさないで』や『F.O.V/突然』等、織田哲郎氏作曲、坂井泉水さん作曲のCDを買っていました。
これらの曲はポカリスエットタイアップ曲なので、(計4曲関わってます。)個人的には、ポカリCM曲の作詞担当=坂井泉水さんというイメージも強いです。
やはり、彼女の魅力は優しいハスキーボイスと心に響く詩ですね。
「負けないで もう少し 最後まで 走り抜けて…」(負けないで)
「いつも輝いていたね 少年のまま 瞳はMy Friend…」(マイ フレンド)
「生きるのが下手でもいいじゃない 笑っていよう…」(Teenage dream)
等々のフレーズに励まされたり、癒されたり…
フレーズ=坂井泉水さんの心だと思います。
もう坂井泉水さんは天国へいきましたが、坂井泉水さんの心を胸に秘めて生きて行きたいです。
最後に、坂井泉水さん本当にありがとうございました。(これからもCD聴きまくりますが…)
天国でゆっくり休んで下さい。ご冥福を祈ってます。
2007年6月5日 0:00
お名前不明
「何度もスイマセン。」
厳しい状況に置かれながらも新作やツアーを考えるなんて本当にスゴイ。
それだけ歌が好きだったんだ。自分だったら、暫くノンビリしよう、位しか考えないだろうなぁ。
プラス思考だったんだね。だから残念・・・。言葉にならない。
自分は小康状態だけど、寝る頃には「♪負けないで♪」と声が聞こえてくる。
でも、もう坂井さんはいない。やっぱり残念。・・・。こんな言葉しか出てこない。
それじゃ僕は頑張ろう!坂井さんも頑張ったんだから、僕も頑張ろう。
おこがましいけど坂井さんの分まで頑張ろう。頑張れば、きっと良い事がある筈だ。
不本意なカタチではあったが、最後に坂井さんはそれを僕に教えてくれたんだ。
2007年6月4日 21:44
一癌患者
「泉水さんのコーラス参加曲」
こんにちは。
今日は泉水さんコーラス参加曲についてなんですが、これはオリジナルカラオケで聴けますよ。
DEENの2nd「翼を広げて」は2番サビに泉水さんは単独でコーラスをなさってて、以降のサビには大黒摩季さんらの強烈なコーラスにかき消されてはいますが、最後の「wow wow wow」と聞こえる叫びみたいなのも泉水さんです。
FIELD OF VIEWの「君がいたから」のオリジナルカラオケにも泉水さんのコーラスが入ってます。それは2番歌いだしの「ドアを開けて中に入ろうとしても入り口が」のフレーズです。
以上、泉水さん情報をお届けしました。
2007年6月4日 19:03
お名前不明
「突然の訃報にびっくり。」
突然の訃報にびっくりし、気が付けばZARDの曲を、聴いていました。
この曲を知ったのは、中学生の時で、学校の体育祭などで使いました。
凄いことは、自分が癌で入院しているのに、病院に入院している人たちを自分の歌で、励ましたり、勇気を与えていたと聞き天使みたいな人なんだと思います。
2007年6月4日 8:21
水野
「Nostalgia」
坂井泉水さんへ哀悼をこめて
先日突然の訃報をニュースで一報を目にした時は
きっと聞き違いと思い自らの耳を疑いました。
初めてあなたの歌声を聴いたのはTVのCMでした。
透明感のある美しい声だなと印象を受けました。
随分癒されました。天使のような歌声でした。
初めて手にしたCDは揺れる想いです。
それから年月が流れ・・・
私の妻もZARDが大好きなので、今回の訃報には
とても悲しんでいます。
毎日泣いています。
坂井さんが病気療養中のニュースにも驚きました。
私と同世代でしたので・・・
坂井さんと同じ時代を生きて、楽しい事、辛い事、悲しい事、様々ありましたが、あなたの歌声には癒され、素晴らしい楽曲を聴きました。
天国でも素敵な歌を歌ってください。
私たち夫婦の心の中でいつまでも残っています。
坂井泉水さんのご冥福を心よりお祈りします。
2007年6月4日 1:06
evergrennragi
「はじめまして」
俺が初めて買ったCDは「果てしない夢を」でした。
それまではずっと「ZARD」ではなく「ZARDっていう人」だったんですね。そこから徐々に引き込まれていきました。
高校に上がる前の3月、ポカリスエットのCMで流れていた「心を開いて」に衝撃を受け、それが今の俺のライフワークともなった作詞との出会いでした。
以来、泉水さんを師と仰ぎこの11年間ずっと詞を書き続けて来たんですよ。
で…昨年に作詞生活が10周年を迎えたので今年は記念に作詞集を出版しようと、準備を進めていた所に泉水さん急逝のニュースが…
泉水さん急逝について色々と言われていますが、ライブやアルバムのリリースを見据えて回復に向けて前向きになっていた人があんな低い所からの自殺を考えるでしょうか?
これはあくまで俺の想像ですが、日頃から感性のアンテナを張り巡らせてる彼女の事ですから、散歩帰りにビビッと来る何かを発見。
いいなと思い、詞の参考にしばらく眺めていようかなと手すりに腰をかけた…。
こう想像した時は泉水さんらしいやと一人で思ってました。
どちらにせよ、俺達は泉水さんが天国で彼女の幸せを願わねばなりませんね。
彼女の歌声は、ずっと俺達の中で響き続けるのだから。
因みに、俺は「心を開いて」が好きです。
2007年6月1日 19:26
お名前不明
「坂井泉水さんへの追悼メール」
坂井泉水さんの訃報の現実をようやく受け入れられるようになりましたので投稿させて頂きます。私は医療従事者(勿論、別の施設)です。
病院側は自殺説をしきりに言ってますが、ハッキリ言って責任逃れの言い分以外の何者でもありません。
しかし亡くなったのは事実。私にとって言葉では言い尽くせません。それは私自身が癌患者だからです。
私事で恐縮ですが、97年に早期でしたが大腸癌になりました。冷やかしで受けた大腸ファイバーで偶然見つかったのです。
大腸癌は早くても30代以降と言われているので、当時は癌自体ではなく精神的ショックで体調を崩した位です。
入院中はずっとZARDの曲ばかり聞いてました。半年後に再発したものの、それも早期で済み8年間何事も無く経過しました。
昨年、またもや早期ではあるものの胃癌と大腸癌がほぼ同時に見付かり、検査入院中もずっとZARDを聞いてました。
私は熱狂的なファンではありませんでしたが、坂井泉水さんが「負けないで」を歌っていたからでしょうね。勿論それだけではありませんけど。
昨年私は結婚をしようとしてましたが、病気を理由に結婚は諦めました。
私と坂井さんと3歳違い。私は男で違う癌ではありますが、同じ癌患者として坂井泉水さんの心境は恐らく皆様よりは理解できると思います。
生意気かも知れませんが、生死を分ける病気はなってみないと分からないです。
私以上に厳しい現実を目の当たりにした坂井さんはそれを乗り越え、復帰とツアーを検討していた事は尊敬に値します。
今回の訃報を知り、振り返ればZARDの曲を聴いていることが多かった事に気が付きました。
確かに勇気付けられたり、和ませられたり、気持ちの良い曲ばかりですよね。素晴らしい曲ばかりです。
熱狂的なファンではなかったのに、恥ずかしながら訃報を聞いて涙が止まりませんでした。悲しくて残念です。
それだけZARDに魅了されていた事に今更ながら気が付きました。これからも「負けないで」は私自身のメインテーマになることでしょう。
最後に坂井さんに対して感謝と敬意の意を表しつつ、謹んでご冥福をお祈りいたします。
2007年6月1日 0:38
一癌患者
「"彼女"を亡くした様な気持です...」
僕は昨日、5月28日の夕方ごろに携帯電話のニュースサイトでこの事件を知りました。
それから丸一日以上経つのですが未だ坂井泉水の『死』と言う事実を受け入れられず、正直、悲しい気持にもなれないくらい、信じられないです。
『ZARD』と言えば『負けないで』と言ってしまうくらい、あの歌は色んな所で聞いたし、度々勇気付けられました。
また他にも好きな歌が沢山あり、その歌を聴いているだけで坂井泉水さんが側で見守ってくれているような気がするくらい、あの声とあの詞に幾度となく癒され、励まされました。
きっと僕は『ZARD』が好きだったのではなく『坂井泉水』が好きだったのだと思います。
本当に大切な人を失ってしまいました。
これからは坂井さんから教えてもらったことを僕達が色んな人達に教えて勇気付けてあげ、坂井さんの意志を引き継ぐ番だと思います。
最後に...
これからもファン一人一人の心の中で唄い続けて欲しいと思います。
勿論僕はこれからも今までと何一つ変わらずZARDの歌を聴き続けたいです。
だから、「さよなら」なんて言わない、これからもずっと一緒です。
ありがとう!!
2007年5月29日 23:48
28才会社員(男)
「ホント早すぎる死でしたね。。。」
こんばんは。お久しぶりです。
T君の紹介で卒制のお手伝いをさせていただいたNです。
昨日、ZARDの坂井泉水さんの訃報をニュースで知り、
ZARD=higuさんのことを思い出しました。
昨日トップページを見たときは「Under Construction」だったけど
今日見ると更新されていたのでメールさせていただきます。
higuさんと比べたら、全然ZARDファンとは言えない自分だけど、
今回の訃報を知ったとき、まったく信じられなかった。
自分の中では、「まさか!?」って感じで。
ZARDのCDは一枚も持っていないけど、テレビをつければ聞こえてくるし、
街を歩けば、どこかで曲がかかっていたり…
常にどこかでZARDは耳にしていて、自分の中では水のように
あたりまえに存在していたように思います。
失ってみるとその存在の大きさに気付くという感じで。
今後もZARDの音楽を耳にする機会はあると思うんだけど、
泉水さんの今後の活躍、ZARDの新曲をこれからは聴くことが出来ないと思うと
残念でなりません。ホントに早すぎる死だと思います。
『追悼の意を込めて・・・Nostalgia』を読んで、
偶然とは言え、同じ時期に慶応病院に泉水さんとhiguさんがいたというのは
驚きですね。もしかしたら、どこかですれ違っていたのかもしれませんね。
「運命」というものがあるとすれば、偶然同じ時期に慶応病院にいたということも運命。
泉水さんが脳挫傷で亡くなられたのも運命。。。
すごく「近い」と思ったら、一気に「遠く」離れてしまう。
なにか皮肉な感じもしてしまいます。でも、人の運命とはそういうモノなのかなとも思います。
イイことも悪いこともすべて運命付けられていて、イイことだけの人生なら楽なんだけど、
悪いことにも遭遇してしまうのが人生で。
イイことも悪いこともひっくるめて「負けないで」ってことなんだろうなと。
でも、「負けないで」の反対は「勝つ」ってことでもないんだろうなぁと思いつつ…
ZARD坂井泉水さんのご冥福をお祈り申し上げます。
2007年5月29日 23:11
Y.N.
「こんにちは。」
もう10年以上もZARDのファンでありながらファンクラブには所属せずこういったファンサイトの存在さえ判らなかったのですが、今回検索してたどり着きましたo(^-^)o
今回の坂井さんの急逝、あまりに突然の出来事でまだ受け止められない自分が居ます。
俺は11年前にZARDのCMで流れていた「心を開いて」に衝撃を受け、作詞という今ではライフワークともいうべき趣味に目覚めました。
以来坂井さんを師として仰ぎ、これまで3000作近い詞を書き溜め、2年前に立ち上げた自身のホームページでも披露しました。
追っても追っても追いつけない彼女の背中。いつか横に並んで一緒に詞が書けたらなんて夢も見たものです。
今回の件は非常に残念でなりません。だけどZARDの楽曲は俺の中で響き続けます。坂井さんのご冥福を心よりお祈り申し上げます。
2007年5月29日 17:26
お名前不明
「坂井泉水さんへ・・・」
昨日のニュースで知りました。驚きとショックで
涙が溢れていました。私は、ZARDがあったから今生きています。
坂井泉水さんの曲を聴いていて、元気をもらい時には癒されたり
しました。今でも信じられません。ガンになっていたなんて・・・・
それに、ライブも1回も行ってませんが生の泉水さん見たかったです。
でも、これからもZARDは、私の中で生き続けます。
ありがとう・・・坂井泉水さん
2007年5月29日 8:20
yuko